【公開ミーティング】「『藝とスタジオのアクセシビリティを考える』を始める」実施レポート

【公開ミーティング】「『藝とスタジオのアクセシビリティを考える』を始める」実施レポート

ファンファンとは?

「ファンタジア!ファンタジア!―生き方がかたちになったまち―」(以下、ファンファン)は、多くの方にファンファンの活動を楽しんでもらうために、 活動拠点「藝とスタジオ」で「オープンスタジオ」を開催しています。
そのいちプログラムとして、5月7日(日)に【公開ミーティング】「『藝とスタジオのアクセシビリティを考える』を始める」を藝とスタジオにて開催しました。ここでは、その様子をレポートします。

ゲストファシリテーターは、現在、東京都立大学健康福祉学部作業療法学科に在籍し、作業療法士の資格取得を目指されている荒川真由子さん。昨年、荒川さんが夏休みの自由研究と題して発表されていた「作業療法ってなに?作業療法士が劇場にいたらどうなるの?」にファンファンディレクターの青木が参加したことをきっかけに、今回ご参加いただくことになりました。今回はそのプレゼンをゴールデンウィークの自由研究にアップデートして共有していただきました。

当日はあいにくの大雨で肌寒い日でした。参加者の年齢層は20〜60代で、荒川さんの同級生や、墨田区在住の方、飲食店を営む方などにご参加いただきました。

なぜ、『藝とスタジオのアクセシビリティを考える』を始めるのか?

最初に、ファンファン事務局の宮﨑有里から、本プログラムの実施背景や主旨が共有されました。本プログラムは「オープンスタジオとは、一体誰にどうやってオープンにしたら良いのだろうか?そもそも自分が思っているオープンは本当にオープンなのか?」という事務局メンバーのなかに浮かんだ疑問をきっかけに立ち上がりました。
「藝とスタジオ」のある墨田区は、空き家を使ったギャラリーやカフェなどのオルタナティブスペースが点在している地域です。そうしたスペースは雰囲気がある一方で、狭い通路や階段、段差などがあり、物理的に誰にでも開かれた場所とは言えないかもしれません。

ひとつのテーブルを囲んでおしゃべりしました

文化施設などでの「アクセシビリティ」の取り組み

普段から美術館に行ったり、さまざまな文化の仕事に関わる事務局メンバーのなかでは、近年文化施設やアートイベントでの「アクセシビリティ※」についての取り組みが増えてきている実感がありました。
たとえば、オンラインのトークイベントで画面に字幕が表示されたり、手話通訳者が登壇して耳の聞こえない方も参加しやすいように工夫されていることがあります。
他にも、独立行政法人国立美術館「国立アートリサーチセンター」が企画制作し公開している「Social Story はじめて美術館にいきます。」や、「東京国立近代美術館」のWEBサイトには「アクセシビリティの取り組み」が掲載されています。このような事前の情報発信は、場に訪れる方に、物理的にも精神的にも安心を与えるひとつの工夫だと思います。

以上のような事務局メンバーの疑問や意識から、小さな拠点のアクセシビリティについても考えるきっかけとして、本プログラムが生まれました。今回の公開ミーティングをきっかけに、実際に多様な来場者を想定しながら「藝とスタジオ」のスケールでできる情報発信や拠点のあり方を考え、実践していくことを目指しています。

※「アクセシビリティ(accessibility)」
「近づきやすさ」「得やすさ」などと訳される言葉で、高齢者や障害を持った人に限らず、できる限り多くの人が、「使える状態かどうか」もしくは「使いやすい状態かどうか」を表す。
(出典)国立国語研究所「アクセシビリティ」https://www2.ninjal.ac.jp/gairaigo/Teian1_4/Words/accessibility.gen.html(2023/6/22閲覧)

もしも劇場に作業療法士がいたら

ここからゲストファシリテーター荒川真由子さんのお話にうつります。荒川さんは元々フリーランスで演劇制作を経験したのちに、劇場での勤務や芸術祭での制作を経験されました。そのなかで「観劇できるのは心身ともに健康な一部の人だけなのではないか」と疑問を持ったことなどをきっかけに、少しでも多くの人に足を運んでもらうためには医療分野の知識が必要と感じ、幅広い領域を横断する作業療法を学び始めました。

作業療法とは?

「作業療法」とは、人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業(対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為)に焦点を当てた治療、指導、援助のこと。

(出典)日本作業療法士協会「作業療法の定義」https://www.jaot.or.jp/about/definition/ (2023/06/22閲覧)

荒川さんから、作業療法では毎日の暮らしを構成するさまざまな作業を支援するという説明と、作業療法を実践するときの流れ(情報収集や面接、観察→評価→目標設定→プログラム立案→作業療法の実施→再評価)について共有があり、作業療法では「その人らしい暮らし」を組み立てるために、患者さんひとりひとりの背景を理解し、状態にあった支援をおこなう必要があることがわかりました。
現在、作業療法士が就労しているのは病院や診療所、介護老人保健施設などといった医療・福祉分野がほとんどという話のなかで、荒川さんが「その人らしい暮らしを実現するために劇場に行きたいという人もいるのではないか。劇場と患者さんのつなぎ役として、作業療法士の働くところに1%でも劇場が入ったらおもしろいなと思う」と仰っていたのが印象的でした。

また「合理的配慮の提供」という考えを知れたことも勉強になりました。
「合理的配慮の提供」とは、障害のある人から「社会の中にあるバリア(障壁)を取り除くために何らかの対応が必要」との意思が伝えられたときに、行政機関等や事業者が、負担が重すぎない範囲で必要かつ合理的な対応を行うこと。「障害者差別解消法」が改正され、 合理的配慮の提供が令和6年4月1日から、どの事業者にも義務化されるそうです。

(出典)内閣府『障害者差別解消法に基づく基本方針の改定』https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20230331_00008.html(2023/06/22閲覧)

架空の人物Hさんが観劇するための支援方法を考える

荒川さんはこれまでの演劇や芸術祭での制作の経験と、作業療法を学ばれている視点から架空の人物Hさんを想定し、Hさんが観劇を楽しむために、合理的配慮の考えを反映しつつ、Hさんにとっても、劇場にとってもWin-Winな観劇の方法を共有してくれました。

荒川真由子さんのスライドより。Hさんと劇場さんの載っているシーソーの良いバランスを作業療法士が調整している様子。

Hさんは40代男性、一人暮らし。会社員として働き、休みの日には観劇を楽しんだり、連休には遠出して芸術祭を訪れることが趣味のひとつ。ある日脳梗塞を発症し、後遺症として記憶障害や注意障害などの高次脳機能障害※が残った方と仮定されていました。

※高次脳機能障害とは、脳卒中などの病気や交通事故などで脳の一部を損傷したために、思考・記憶・行為・言語・注意などの脳機能の一部に障害が起きた状態をいいます。
(出典)東京都福祉保健局 ハートシティ東京「障害を知る」https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/tokyoheart/shougai/koujinou.html (2023/06/22閲覧)

Hさんが観劇するまでにはさまざまな「作業」があります。
これまでであれば、観劇までにチケットを発券し、当日まで忘れずに保管出来ていたかもしれませんが、たとえばHさんは、記憶障害があるためにチケットを失くしてしまう可能性があります。その対処法として、チケットの置き場所を決め、チケットがある場所を忘れないように「チケット」と書いたラベルを保管場所に貼るなどの方法を荒川さんはひとつのアイデアとして提案していました。

荒川真由子さんのスライドより。架空の人物Hさんが普段観劇する時の様子を伺いつつ、現在困難に感じていることをヒアリングします。
荒川真由子さんのスライドより。困難に感じていることに対して、対処法をHさんと共に考えHさんにあった方法を提案します。※荒川さんのアイデアです。

また、Hさんが注意障害や疲れやすさなどの影響をうけて、最寄り駅から劇場までたどり着くことが困難な場合、たとえば劇場側が駅からの写真付きの案内図を事前に情報発信したり、道案内を希望する人と駅で集合して劇場まで案内をすることもできるかもしれないといった提案もありました。
このほかにも、自宅での準備から移動、開場中、開演中、終演後から帰宅するまで、Hさんが行うさまざまな「作業」をこまかく丁寧に想定し、Hさんが直面するかもしれない困難と、それに対する対処法を荒川さんは想像し共有してくださいました。

最後に荒川さんは「劇場や芸術祭で働いていると、来場者に対して出来る支援は最寄り駅から劇場内までしかできないと思ってしまうかもしれないが、たとえばHさんのような方が劇場に来るまで、劇場に来てから、劇場から帰るまでどのような努力や試行錯誤を重ねているかが分かれば、支援方法は少しだけ創造的になるかもしれない」とお話しされました。

荒川さんのお話を聞いて参加者からは「劇場に作業療法士がいたら良さそう」と声が上がり、「劇場で働いている方に向けて作業療法の視点を共有することもできたらと思う。来場者がその場にいるどのスタッフに話しかけても安心してもらえるのが理想的」と荒川さんは答えました。

「藝とスタジオ」にどんなインフォメーションがあると良い?

ここから参加者と荒川さんのプレゼンの感想や、「藝とスタジオ」にどんなインフォメーションがあるとより安心して来られるかについてディスカッションをしました。
出た意見をいくつかのポイントにまとめてご紹介します。

そこが物理的にどんな場所か、どんな人がいるのかなどの事前情報が精神的安心につながる

・物理的なハードルもあるが、障害や差別などを理由にどこかに出かけることに精神的なハードルがある人もいる。たとえば「あらゆる差別に反対します」など宣言が出されていると、自分はいても大丈夫と思えたり、安心して来られるかもしれない。
・相手を知ろうとすることがアクセシビリティにつながるのではないか。
・足に装具をつけているので、畳にあがる必要のある場所だと傷つけないように外すようにしてい・る。会場がどんな場所か事前に知れると、準備ができる。

作業療法を学ぶ視点から

・作業療法について知らない人に説明するのが難しいと感じる。いろんな人が作業療法士的な視点をもったら、いろんなところのアクセシビリティが良くなると思う。
・作業療法の対象が身体障害、精神障害、発達障害など多様であるがゆえに、説明が難しいのかなと思う。作業療法の目的は「治す」のではなく、「作業できるようになること」。「ライフハック」の手段をたくさん持っているのが作業療法士だと思う。

ほかにも・・・

・自分がまちあるきのイベントをしたときに、高齢の参加者がいたので、段差に気をつけるように配慮したのを思い出した。
・たとえば「藝とスタジオ」の前にBARの看板を出していると、勘違いして思わぬ出会いにつながるかもしれない。
・「多様性」という言葉があるが、人によって「多様性」の考えが違うので逆にわかりあえなさを生む言葉だと思う。
・接客業をしているが、自分のできなさを積極的に開示していくことは、できるふりをするよりも良いかもしれない。

具体的なアクションに向けて

ディレクターの青木彬は「”相手を知ろうとすることがアクセシビリティにつながる”という意見のように、障害や人権についての知識を得ていくことも大切。それから”できなさを開示する”ようなその人自身のはたらきや、物理的な空間デザインでコミュニケーションを変えられることもあると思った。これからファンファンらしくどんな実践ができるかを考えて、引き続きこのような機会をつくっていきたい」と話しました。

たとえば、「藝とスタジオ」の段差があるところにスロープを設置したり、トイレをバリアフリーに改修することは、物理的にも金銭的にもあまり現実的ではありません。ですが、段差で困っている方がいたらお手伝いをしたり、近所のバリアフリーのトイレを調べてご案内できるように準備しておくなど、知識や我々の振る舞いでより多くの方にオープンにできる方法があるかもしれません。
「小さな拠点のアクセシビリティを考える」といってもどのように実践すれば良いのか漠然としていましたが、荒川さんがお話しされた作業療法の実践の流れのように、特定の来場者を想定→情報収集→目標設定→計画→実践→評価をつづけ、ファンファンらしくできることに、ひとつひとつ取り組んでいきたいと思います。

執筆=宮﨑有里(ファンファン事務局)