プラクティス

スミログ始まりました!

「スミログ」は墨田区で行われていた様々な文化活動を対象に、地域の文化活動のアーカイブをつくることを試みるプログラム。記録集やアーカイブ映像、新聞やネットの記事に残るような明確で大きな出来事だけではなく、その周辺で発生していたイベント名もないような展示やワークショップ、パフォーマンスやパーティーなどのかすかな出来事の記憶も収集していきます。

キックオフトーク「生き方がかたちになったまちはどう記録されるのか」

8月1日、「スミログ」の最初のイベントとして「キックオフトーク『生き方がかたちになったまちはどう記録されるのか』」をオンラインで開催しました。ゲストに成蹊大学の専任講師、そして著作に「隅田川・向島のエスノグラフィー――『下町らしさ』のパラドックスを生きる」(2018)がある金善美さん、海外のオルタナティヴ・スペースについて研究をされる国立民族学博物館の外来研究員の登久希子さんをお招きし、墨田区で行われてきたアートプロジェクトを事例に、地域や文化活動の担い手の変化、地域型アートプロジェクトを記録することについて、社会学、文化人類学の視点と共に語り合いました。

記録する中で生まれる課題

登さんからはまず、何をどのように残すかを国や行政の側から決めるのではなく、市民が主体となって取り組んでいくことで公的な記録や歴史のあり方を市民の側からコントロールすることを目指していく「コミュニティーアーカイブ」についてご紹介いただきました。

中でも登さんが研究されているニューヨークのオルタナティブ・スペース「フランクリン・ファーネス・アーカイヴ」を例に、アーカイブを行う上での課題についてお話しくださいました。フランクリン・ファーネス・アーカイヴではパフォーマンスアートやインスタレーションといったその場限りのアートが行われ、作品に関連する書類や写真、録音、手紙などをアーカイブしています。それを後世に繋げていくために地元の大学(Pratt Institute)と提携して今も続けているそうです。

フランクリン・ファーネス・アーカイヴについてお話し中の登さん

記録されないものとは

金さんからは、アーカイブの持つ意味や働きについてお話がありました。

記録されたものについて考えてみると、記録されやすいのは数字化・言語化しやすいデータで、反対に、5W1Hの「why なぜ」の部分は重要であるのに記録・言語化が難しい領域であると指摘がありました。このように、何を記録すべきか否かを考えると同時に、記録されないものについて考えることができる点にアーカイブを行う意味があるということでした。また、アーカイブの存在は、プロジェクトに関わる人々の思惑や利害関係といった主体間の対立や緊張をはらむ政治にも、意識を向けさせる働きがあるとお話がありました。
最後に、過去を見つめることによって、現在をどのように記録していくのかを考えるきっかけになるとまとめられました。

記録されないものについてお話しする金さん

クロストーク

お二人からお話をいただいた後、ファンファン事務局でスミログの発起人ヨネザワエリカを交えてクロストークを行いました。クロストークでは主に、アーカイブの持続可能性、アーカイブを取り巻く政治、アーカイブする内容の基準について議論しました。

まずはアーカイブの持続可能性について。登さんから、「先程のフランクリン・ファーネス・アーカイブでは今のうちに保存しておかなければ消えてしまう記録媒体やオーラルヒストリーに対する危機感が共有されている」とお話がありました。金さんは、「過去の記録を組み合わせて、いかに記録していくかを考える必要がある」との意見がありました。

次に、アーカイブを取り巻く政治(関わる人々それぞれの思惑や利害関係)について金さんから、「地域のアーカイブが東京都が主催に入っている事業に回収されていくことに違和感を持つ人がいてもおかしくはないのではないか?」という投げかけがありました。というのも、これまでに墨田区で行われたアートプロジェクトでは、ローカルな関係性で出来上がっていくイベントに、行政の文化政策としてのロゴが入ることに違和感を感じるという議論があったそうです。登さんも、「フランクリン・ファーネス・アーカイブに寄贈されたアーティストブックが後にMoMAに売却されたことに当時のアーティストたちの中で賛否両論が巻き起こった」ことを話され、墨田の例と似た出来事があったことがわかりました。

さらに金さんから、「記録するほどではない、一種の文化祭的なノリで楽しむことだからこそ意義があると考えている人にとっては記録に大きな意味を見出さないかもしれない」ということや、「出来事の記録は主観的な感情や経験、プライバシーにも関わるので立場の違いによって意見が異なるのではないか」と投げかけがありました。これらに対してヨネザワは、「理由があって残したくないものは、たとえ残さなかったとしても、それを残さない意味について議論していきたい」と話しました。

最後に参加者の方から、アーカイブする内容の基準について「今回のスミログは、2000年代を中心に記録していくかということでしょうか。もしくは、それ以前の時代(1900年代)もアーカイブしていくのでしょうか。前者であれば、2000年代以降からにした理由は何かありますか?登さん、金さんのお話をお聞きして、アーカイブをはじめる時に、いつから記録していくかということは、重要な点だと思い質問しました。」という質問がありました。それに応答してファンファンのディレクター青木から、「昨年度のプログラムでアーティスト集団オル太が100年前の墨田からリサーチしていたことや、今年度開催予定のプログラムでは1920年代に行われた社会福祉活動にも向き合おうとしているので、いつから記録するのかについては幅広い時間軸で議論できたら面白いと思う」との話が。ヨネザワからも、「現時点で扱っているのは1997年の現代美術製作所(東向島にあったギャラリー)の記録が最も古いもの。いつの記録を扱うのか、どこまでが文化活動なのかといったアーカイブする内容の基準について、記録する時代や文化活動の範囲についての定義が決まらなくても、それを議論する場所を作り続けたい」とコメントがありました。

ディスカッションの様子

参加したアートプロジェクトを学ぶ学生からは「プロジェクトを実践しながらアーカイブを同時並行で行う難しさを改めて感じた」という感想や、アートマネジメントの研究者の方からは「スミログを行った過程をいかに記録するかということも大事だ」といった意見が寄せられました。

ファンファンとしても、スミログのプログラムを進行しながら今年度のドキュメントブックの企画会議を行っていたりと、参加者の方々と同様の悩みを持ちながら自分たちのプロジェクトのアーカイブに取り組んでいるところです。

スミログ参加者の皆さんと一緒に過去の記録をいかに集め、扱い、楽しむことができるか、これからの活動をいかに記録していくのかを考えてきたいと思います。

text by ヨネザワエリカ、磯野玲奈

スミログ

キックオフトーク「生き方がかたちになったまちはどう記録されるのか」
日時:2021年8月1日(日) 13:00〜15:00
ゲスト:金善美(成蹊大学文学部現代社会学科 専任講師)、登久希子(国立民族学博物館、外来研究員)
司会:ヨネザワエリカ(ファンタジア!ファンタジア!事務局)
場所:Zoom
参加料:無料